第16回日本がん分子標的治療学会学術集会  市民公開講座

元村有希子氏(毎日新聞・科学環境部)より感想

市民公開講座「がんの分子標的治療をご存じですか?〜今世紀に期待される新しいがん治療」の司会を務めさせていただいた感想を述べます。

学会が、市民向けの講座を開くようになったのは、ここ10年余りでしょうか。学会といえば研究者が難しい専門用語で議論し合うイメージが強いのですが、最近は研究の成果を分かりやすく紹介し、研究の意義や今後の方向性について理解を深めてもらい、そこで出た率直な意見や要望を研究に生かす意識が研究者側に生まれてきたようです。日本がん分子標的治療学会が今回初めて市民公開講座を開いたのもそんな理由からだと、河野会長に伺いました。

アメリカでは1998年、日本では2001年に分子標的治療薬が初めて認可されました。それから10年以上が経過し、使える薬剤は国内で20種類に達しました。従来型の抗がん剤に比べて副作用が少ない点や、あらかじめ効果を予測できる点が評価され、患者にとってがんと戦う手段は明らかに多様になりました。薬が奏効してがんを克服し、社会復帰を果たす人も増えています。一方で、がんのタイプやその人の遺伝的個性によっては予想外の副作用が出るなど、一時喧伝された「夢の薬」というイメージだけでは語れなくなっているのも事実です。

だからこそ、受益者である患者さんや家族のみなさんに、分子標的治療の現状を知ってもらい、理解した上で賢い選択をしてもらうことが必要になります。今回の市民公開講座は、そうした意味で時宜を得たものであったと思います。

4人の先生方の講演はいずれも、素人の私にも理解しやすい内容でした。基礎から臨床まで、第一線で仕事をされている方々から、新たな知見を得ることができました。

薬剤耐性など克服すべき新たな課題に加えて、使い続けると(個人の負担には上限があるとはいえ)医療費が高額になってしまうこと、また「究極のプライバシー」である個人の遺伝情報を取り扱うため、分子標的治療が普及する将来を見据えて社会の情報管理システム整備が必要になるという指摘もありました。分子標的薬のメリットとして繰り返し登場する「生存期間の延長」という指標について「これだけでは患者さんの本当の利益になるとは限らない(生存期間より、よりよく生きることが優先される場合もある)」という率直な意見にもうなずかされました。

ところで、こうした講座を開く時に、主催者側が腐心するのは「集客」です。今回は定員200人に200人近い応募があり、しかもほとんどの方が足を運ばれたとのことです。30分の講演が4コマ、討論・質疑を入れて3時間という長丁場にもかかわらず、熱心に耳を傾けておられる様子に、「がん」という病気の手強さと関心の高さを実感しました。同時に、医療者と患者(市民)が手を携え、情報を共有しながらがんに対峙することの必要性も痛感しました。

最後になりますが、時間配分や準備不足で、聴衆の皆さんの質問の時間が少なく、ご迷惑をおかけしました。司会としておわびします。次回はたっぷりと質問の時間を取っていただきたいと、これは学会のみなさんへのお願いです。ありがとうございました。